※最近は夫からのアクションもなく、しばらく大きな動きがない日が続いています。
この記録は、そんな日々の中で私にとって大きな変化があった日の出来事です。
🕊 離婚準備、誰に話す?最初に頼ったのは「姉夫婦」だけ
離婚の話を切り出された日から、友人一人にだけ話を聞いてもらいましたが、
相談は姉夫婦にしてきました。
同居している両親には、何も伝えていませんでした。
その大きな理由は、母の価値観。
小さい頃からずっと「離婚はダメ」というメッセージを刷り込まれてきたからです。
- 姉が離婚を考えて実家に戻ってきたときも
- 友人が離婚するという話をしたときも
母の言葉や表情から伝わってきたのは、「離婚=悪いこと」という強い拒絶感でした。
💬「私、離婚したい!」と言えなかった理由

姉からは「早く母に話したほうがいいよ」と言われていました。
でも、なかなか勇気が出ませんでした。
母に離婚の話をする勇気が出なかったのは、「ダメな娘だと思われたくなかった」からです。
私の中には、母に認められたいという思いが、ずっとあったのだと今さら気づきました。
✉️ 祝儀袋の記名が、話すきっかけに
ある日、姪の結婚式があり、母に祝儀袋の記名を頼んだとき——
私は思い切ってこう言いました。
👩🏻「名前は私ひとりでいいよ。夫は式には出ないから」
驚いた母の表情を見て、さらに一言。
👩🏻「私、離婚する!」
ようやく、口に出すことができました。
👵 離婚反対だったはずの母の言葉に、涙が出た

“離婚反対派”だった母の反応は、なんと一言…
👵🏻「賛成!」
予想外の言葉に、驚きました。
そしてその後、私はこれまでの経緯をすべて話しました。
- 果物の皮をむかなかったことがきっかけで「離婚したい」と言われたこと
- 夫が離婚調停を申し立てたけれど、すぐに取り下げたこと
- 今は私のほうから「離婚したい」と伝えていること
母は静かに聞いてくれて、こう言ってくれました。
「MOMOちゃんの思ったとおりにすればいいよ」
さらに…
「家、売って引っ越してもいいよ」
母親って、やっぱり強い。
この一言に、私はどれだけ救われたかわかりません。
🌀 でも…両親に“新しい生活”をさせる罪悪感も
「家を売れば、財産分与も子どもたちの学費もどうにかなる」と思えて安心した反面、
年老いた両親に、新しい土地で新しい生活を始めさせてしまうのか…という思いが胸に押し寄せてきました。
- そんな状況をつくってしまった自分
- そんな相手を選んでしまった過去
どちらも責めたくなってしまい、気持ちは沈みました。
🧳 来週は弁護士と相談。「家を出る別居」のメリット・デメリットを聞く予定
母に話せたことで、気持ちも現実も、大きく前に進んだ気がしています。
来週は弁護士と面会予定です。
夫が家を出ない場合、私たち(私・子ども・両親)が家を出て別居することについて、
- メリット
- デメリット
両方をしっかり確認して、今後の方向性を決めていきたいと思っています。
🌸 今日の気づきと、希望に変える小さな一歩

📝今日の気づき…
・離婚反対派の母が「賛成」と言ってくれたことで、一歩前へ進めた
・安心と同時に、両親への申し訳なさ・後悔の気持ちも
・この年(55歳)になっても母親に認められたいと思っている自分に気づいた
🚶🏻私の小さな一歩…
これからは、「自分で自分を認めて、自分の幸せを一番に考えて生きいくと決めた!」
そう思えるようになったことに、感謝。
💬 よかったら…
「親に離婚の話をするのが怖かった」「私も“いい娘”でいようと頑張ってきた」など、
感じたこと・思い出したことがあれば、ぜひコメントで教えてくださいね。
あなたの想いも、きっと誰かの励ましになります。
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